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今尾 景年 自画賛 一行 秋草虫図

2016年4月27日(水)

今尾 景年筆 自画賛 一行 秋草虫図を入手しました。

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露草に虫の絵です。

「〇〇〇〇〇〇なし虫の聲」一部読めていません。
 お解りの方お教えください。
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今尾 景年(いまお けいねん、弘化2年8月12日(1845年9月13日) - 大正13年(1924年)10月5日)は、日本の明治から大正にかけて活躍した四条派の日本画家。幼名は猪三郎、のち永観。字は子裕。景年は画号で、別号に聊自楽、養素斎。 色彩豊かな花鳥画を得意とし、「綺麗濃褥」キレイノウジョクと評された。
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本紙にごく薄くシミが出ています。
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もみ紙に押風袋の侘びた表具です。
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作者共箱。
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バランス良く字と絵を配分しています。
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総丈155センチ

価格は9万円です。

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紫野 清涼和尚 横物 「松風」 雪窓箱書

2016年4月18日(月)

紫野 清涼(森山歓渓)和尚筆横物 「松風」が入りました。

森山歓渓
臨済宗(大徳寺)第十代管長に就任。大徳寺五百五世。島根県生。諱は哲明・紹忻、号は清涼。河野古亮に法をうけ、四百九十六世好清紹因を嗣ぐ。、龍源院に住した。昭和30年(1955)寂、67才
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筆にたっぷりと墨を含ませ、一気に書かれています。
関防印は「江月松風」。
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約70年前の作品です。本紙にかすか浸みが出ています。
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号名もしっかりと書かれています。
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花唐草金襴の一文字と紫色の中廻しに気品を感じます。
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小田雪窓和尚箱書のがございます。
臨済宗の僧。大徳寺五百六世。姓は小田、雪窓は道号、諱は宗甫、室号は蔵暉。五百三世後藤瑞巌の法を嗣ぐ。僧堂師家となり、昭和30年十一代管長に就任、のち開堂した。龍翔寺に住した。昭和41年(1966)寂、65才
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軸巾 54センチ
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堀内宗完 自画賛短冊

2015年9月16日(水)

堀内宗完宗匠(兼中斎)の自画賛短冊が入りました

柚の絵を描かれています
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シミが少し出ています

柚の黄ばむ頃  さぁ口切らん 真壷かな
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写真写りは上部が黒く写っていますが
実際は白です
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価格は1万1千円です

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西村五雲 涼味(西瓜)

2015年7月19日(日)

西村五雲筆 涼味が入荷しました。
瑞々しい西瓜を描いています。
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本紙は色紙大の大きさで絹本です。
水分を含んだ西瓜で、暑さの中 涼を呼ぶ絵に技量を感じます。
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西村 五雲
1877年(明治10年)11月6日 - 1938年(昭和13年)9月16日)は日本画家である。京都出身、本名・源次郎。日本画家の西村卓三は息子(次男)。動物の生態を生き生きと捉える絵を描き、平和でのどかな動物画を得意としていた。

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1890年(明治23年)13歳で岸竹堂に入門、竹堂没後の1899年(明治32年)に竹内栖鳳に師事。1907年(明治40年)の第1回文展で「咆哮」(山種美術館蔵)が三等賞受賞。1913年(大正2年)に京都美術工芸学校教諭、1924年(大正13年)に京都市立絵画専門学校(現:京都市立芸術大学)教授、1933年(昭和8年)に帝国美術院会員、1937年(昭和12年)に帝国芸術院会員。晩年の五雲は名声を得る。画塾・晨鳥社を主宰、門下に山口華楊などがいる。
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一文字も洒落てます。
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塗の外箱。
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作者共箱
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総丈132センチ  表具巾35,2センチ
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大徳寺435世 大綱宗彦 初春風 横幅

2015年4月6日(月)

大徳寺435世 大綱宗彦 初春風 横幅が入りました

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大綱宗彦(だいこう そうげん)
安永元年(1772)〜安政7年(1860)大徳寺435世。臨済宗。大徳寺塔頭黄梅院第14世住職。裏千家十一代玄々斎宗室・表千家十代吸江斎宗左・武者小路千家七代以心斎宗守と交わる。永楽保全の参禅の師。和歌、茶の湯をよくし、書画に優れた。安政7年2月16日死去。89歳。京都出身。日記に「黄梅院大綱日記」など。

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初春風 八十三翁大綱 四方の海 春の神風 吹き初めて あやしき船は 寄せじぞと思う
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幕末、1853年7月8日に浦賀へ来航したペリーの艦隊の軍艦は黒船と呼ばれた。アメリカ合衆国のマシュー・ペリー率いるアメリカ海軍東インド艦隊の事を指す。

大綱83歳の年は正にペリー率いる黒船、浦賀来航の時期と重なります。1854年の春1月に詠んだ歌だと思われます。(神風が吹いて、怪しい船がどこかに飛んで行けーという思いを込めて。)

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紫野●雲叟の箱書きがあります
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巾46,8センチ   丈114センチ

表具 天地紙、押風帯。 中廻し、揉み紙金切箔散し。 一文字、竹屋町金襴。
この度荒れていた本紙を裏打ちし直しました。
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価格は11万円です
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堂本印象 白鷺 短冊表具

2015年4月4日(土)

堂本印象 白鷺 短冊表具が入りました

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堂本 印象
(どうもと いんしょう、1891年12月25日 - 1975年9月5日)は京都市生れの日本画家。帝室技芸員。日本芸術院会員。本名:堂本三之助。1910年(明治43年)、京都市立美術工芸学校卒業後西陣織の図案描きの仕事をしていたが、日本画家を志して京都市立絵画専門学校(現:京都市立芸術大学)に入学。1924年(大正13年)京都市立絵画専門学校修了。1919年(大正8年)、帝展初出展作「深草」が入選した。帝展第3回展では「調鞠図」で特選、第6回展に出展した「華厳」は帝国美術院賞を受賞するなど第一級の日本画家として認められた。
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1936年(昭和11年)京都市立絵画専門学校教授。1944年(昭和19年)7月1日帝室技芸員。1950年(昭和25年)日本芸術院会員。1961年(昭和36年)文化勲章、1962年(昭和37年)密教学芸賞受章。また、私塾東丘社の主催者として、画壇の指導者としても活躍した。戦後、抽象表現や障壁画の世界にも活躍の場を広げ、国際展覧会に多くの作品を出展するなど国際的にも活躍。1963年(昭和38年)には大阪カテドラル聖マリア大聖堂 に壁画『栄光の聖母マリア』を描いた功績により当時のローマ教皇ヨハネス23世より聖シルベストロ文化第一勲章を受章した.

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白い鷺が川縁の石に止まっていて
葦も上下に描かれています
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印象の共箱はございませんが、二重箱に収まっています
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巾30,6センチ   丈165センチ
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価格は9万円です
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竹内栖鳳 芋の子 短冊表具

2015年4月3日(金)

竹内栖鳳 芋の子 短冊表具が入りました

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竹内 栖鳳
(たけうち せいほう、1864年12月20日(元治元年11月22日) - 1942年(昭和17年)8月23日)は、戦前の日本画家。近代日本画の先駆者で、画歴は半世紀に及び、戦前の京都画壇を代表する大家である。帝室技芸員。第1回文化勲章受章者。霞中庵の号もある。動物を描けば、その匂いまで描くといわれた達人であった。1887年(明治20年)、23歳の時に結婚し、これを機に絵師として独立する。同年、京都府画学校(現:京都市立芸術大学)修了。1889年(明治22年)には京都府画学校に出仕し、京都の若手画家の先鋭として名をあげてゆく。また1900年(明治33年)、36歳の時には、7ヶ月かけてヨーロッパを旅行し、ターナー、コローなどから強い影響を受けた。1913年(大正2年)12月18日に「帝室技芸員」に推挙されることで、名実共に京都画壇の筆頭としての地位を確立した。また弟子の育成にも力を入れ、画塾「竹杖会」を主宰。上村松園や西山翠嶂をはじめ、西村五雲、土田麦僊、小野竹喬、池田遙邨、橋本関雪ら名だたる俊英を多数輩出している。

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芋の子(里芋)は正月のおせち料理に欠かせないことでもわかるように、縁起の良い食材でもあります。親芋、子芋、孫芋とたくさんできてゆく様子に、子孫繁栄を祈願しました。

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平安時代に貴族の間で始まったお月見は、江戸時代には庶民の間にも広まり、中秋の名月〜十五夜の月見がちょうど里芋の収穫期と重なったこともあり、「衣被《きぬかつぎ》」をお供えしました。

絹本に淡い茶の濃淡で描かれています
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中廻しは花唐草金襴
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溜塗の二重箱入りです
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作者共箱
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巾27センチ   丈156センチ
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西村五雲 えんどうか (豌豆花) 横幅

2015年4月2日(木)

西村五雲 えんどうか (豌豆花) 横幅が入りました
               豌豆豆=えんどう豆
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西村 五雲
1877年(明治10年)11月6日 - 1938年(昭和13年)9月16日)は日本画家である。京都出身、本名・源次郎。日本画家の西村卓三は息子(次男)。動物の生態を生き生きと捉える絵を描き、平和でのどかな動物画を得意としていた。

1890年(明治23年)13歳で岸竹堂に入門、竹堂没後の1899年(明治32年)に竹内栖鳳に師事。1907年(明治40年)の第1回文展で「咆哮」(山種美術館蔵)が三等賞受賞。1913年(大正2年)に京都美術工芸学校教諭、1924年(大正13年)に京都市立絵画専門学校(現:京都市立芸術大学)教授、1933年(昭和8年)に帝国美術院会員、1937年(昭和12年)に帝国芸術院会員。晩年の五雲は名声を得る。画塾・晨鳥社を主宰、門下に山口華楊などがいる。

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絹本に薄くシミが出ています
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からませたツルの先に咲く、赤や白の花は春の彩りです
3月から4月の待合掛けに適します

豌豆の花に蜂が寄ってきています
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二男の西村卓三の箱書きになっています
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溜塗二重箱に収まります
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巾65センチ  高136センチ
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須磨対水 一連雁 横幅

2015年4月1日(水)

須磨対水 一連雁 横幅が入りました

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須磨対水
四条派の画家。大阪船場生。明治元年(1868)〜昭和30年(1955)。名は鹿太郎。久保田桃水に師事。大正から昭和にわたり大阪画壇を代表した画家。大正3年〜15年まで池田に居を構える。理由は、四条派の祖呉春(松村月渓)が、天明元年(1781)から寛政元年(1789)までの8年間をこの地で過ごしたことへのあこがれからだった。昭和30年(1955)歿、88才。

一連の雁が飛んでいきます
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地上には岩山と芒、照葉の木が見えます
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巾45cm   高104、5cm
小幅の横物で絹本に書かれています
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作者共箱
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価格は13万円です
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橋本関雪 じゅんさい採りの図

2015年3月31日(火)

橋本関雪 採芽(じゅんさい採りの図)が入りました

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橋本関雪
父から漢学を学び1903年(明治36年)、竹内栖鳳の竹杖会(ちくじょうかい)に入り1913年(大正2年)と1914年(大正3年)の文展で二等賞。1916年(大正5年)と1917年(大正6年)の文展で特選を受賞。帝展審査員を務め1934年(昭和9年)12月3日、帝室技芸員に選ばれる[1]。1935年(昭和10年)に帝国美術院、1937年(昭和12年)に帝国芸術院会員となる。1940年(昭和20年)、建仁寺襖絵を製作。
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題「採芽」
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塗の外箱には水連に人物とあります
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作者共箱
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じゅんさいとはスイレン科の多年草で、ゼラチン状のぬめりで覆われた若芽の部分を食します
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於 白沙山荘とあります
居宅などが出来上がるまえの白沙山荘内の池で、じゅんさい採りをしている図と思われます
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白沙村荘は日本画家、橋本関雪が自身の制作を行うアトリエとして造営した邸宅です。10000平方メートルの敷地内には大正〜昭和初期に建築された居宅、日本画の制作を行っていた3つの画室、茶室、持仏堂などの建造物が散在しており、国の名勝に指定されている池泉回遊式庭園は7400平方メートルにおよび、平安から鎌倉時代にかけての石像美術品が多く置かれています。庭園そして建造物の設計も橋本関雪の手によるもので、彼の美意識が随所に反映された庭屋の調和した景観そのものが白沙村荘の大きな見どころとなります。

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じゅんさい摘みは5月頃から8月頃まで行われますので、その時期の待合掛けに適します

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巾66僉 ‐罍隠械賢

 
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