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即中斎好 初瀬川柳庵 出世柳蒔絵 中棗 

2018年12月17日(月)

 

初瀬川柳庵造 出世柳蒔絵 中棗を入手しました。

 

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即中斎宗匠のお好みの棗です。

芽張り柳を出世柳と呼び、好まれています。

 

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即中斎宗匠のお箱書き。

 

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初瀬川柳庵(はつせがわりゅうあん)は京都の名工として知られる漆芸家で、本願寺の用度品も制作しました。

表千家十三世家元・即中斎とは特に親しい関係でした。そのため、即中斎の好み物の制作をよくしており、即中斎の花押が入ったものや書付の道具が存在しています。

 

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内は目の覚めるような美しい朱色にしています。

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金 切箔を施し、お花押は黒漆で書かれています。

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柳庵は木箱を共箱とせず、外紙箱の貼り紙で共箱としています。

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桐箱入り。

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中棗の大きさです。

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価格は12万円です。



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十四代亀井味楽 高取水指 鵬雲斎宗匠

2018年12月15日(土)

 

十四代亀井味楽造 高取焼 管耳水指が入りました。

釉薬の流れが美しい。

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鵬雲斎宗匠の御箱書き。

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管耳で筋目を全体に施しています。

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高取焼は元々、福岡県直方市にある鷹取山の麓にて焼かれており、朝鮮出兵の際に黒田長政が陶工、八山(日本名・八蔵重貞)を連れ帰って焼かせたのが始り。開窯は1600年と言われている。江戸時代には黒田藩の御用窯として繁栄、元和年間には唐津からの陶工を招き、技術を向上させている。

寛永年間に入ると、2代藩主黒田忠之は小堀政一(遠州)と交流を深め、遠州好みの茶器を多く焼かせた。それが縁で、遠州七窯の一つに数えられ、茶陶産地として名を高めることとなった。この頃の中心は白旗山窯で、遠州好みの瀟洒な茶器は「遠州高取」と呼ばれた。

 

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十四代亀井味楽

1931年福岡市高取に生まれる。本名源八郎。戦後、祖父の高取焼第13代亀井弥太郎味楽に師事し、本格的に作陶に取り組む。昭和39年日本伝統工芸展に初入選し、以後入選を続ける。同年14代味楽を襲名。同56年日本工芸会正会員となる。同63年に国際芸術文化賞を、平成3年には福岡県技能功労賞を受賞した。御用窯の流れを汲み、遠州好みの優美な茶陶を得意としている。

 

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塗蓋は黒真塗、蝋色。二代鈴木表朔の作です。

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作者共箱。 径17センチ  高15センチ

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十二代田原陶兵衛 萩焼 海老耳水指

2018年12月12日(水)

 

十二代田原陶兵衛造 萩焼 海老耳水指を入手しました。

 

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末広の形、口はやや横長にしています。

海老の耳、髭は箆で掻いています。

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萩焼はざっくりとした焼き締まりの少ない陶土を用いた、独特の柔らかな風合いが特徴です。土が粗いため、土と釉薬(うわぐすり)の収縮率の違いによりできる表面の細かなヒビ(貫入)から水分が浸透し、器の中から表面にまでいたります。この浸透により、使い込むほどに器の色合いがだんだんと変化し、なんとも言えない侘びた味わいを醸すようになります。この変化は「萩の七化け」と呼ばれ、萩焼の特徴的な魅力となっています。

 

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十二代 田原陶兵衛

1925年 山口県長門市に生まれる。
1944年 旧制山口高等学校在学中に召集を受けて満州に渡る。
1945年 シベリアに抑留される。
1948年 抑留先のシベリアから復員後、長兄11代田原陶兵衛に後継者不在の為家業を継承。
1956年 12代田原陶兵衛を襲名。
1972年 日本工芸会正会員。
1981年 山口県の無形文化財保持者に認定。
1991年9月27日没。66歳没

 

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片木目の蓋は京都の木具師、橋村萬象の作です。

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作者共箱。

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径18×21センチ   高15,3センチ

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二代宮川香雲 三島手 数茶碗 十客

2018年12月11日(火)

 

二代宮川香雲造 三島手 数茶碗 十客が入りました。

 

「花三島」と呼ばれる手です。

 

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元来、三島茶碗(みしまちゃわん) とは、高麗茶碗の一種で、李朝初期15〜16世紀の慶尚南道で焼かれたとされ、雲鶴に次いで古いと考えられています。
鉄分が多い鼠色の素地に、印や箆(へら)や櫛(くし)で紋様をつけ、白土の化粧土を塗った後、削り又は拭き取り仕上げをし、長石釉や木灰釉を掛けて焼成した白象嵌の陶器です。

 

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二代宮川香雲

昭和13年生まれ。京都府出身。父は、宮川 香斎家から分家した龍谷焼初代宮川 香雲。宮川香斎家の別家で先代香斎の甥。昭和55年、二代香雲襲名。

 

 

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作者共箱。

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径12,1センチ   高7,2センチ

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古銅 雲耳花入

2018年12月10日(月)

 

古銅 雲耳花入を入手しました。

 

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形は(下蕪)。約200年~250年前、江戸後期の作品です。

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古銅(こどう)は、古代の銅器、またそれを写した銅を主体にした錫・鉛の合金で、古銅花入は花入の中で「真」の花入とされています。古銅花入で、茶道で主に用いられたのは、中国宋から明頃につくられたもののようです。

 

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古銅花入は、日本では鎌倉時代より禅僧や随伴した商人等によりに舶載されたものが仏前供花に用いられ、室町初期には座敷飾りに用いられるようになり、室町時代には花生の主役となり、室町将軍家や大名家などの座敷で飾られた唐物花瓶が尊重され今日に伝えられています。

 

雲耳は珍しい。

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仕覆が添っています。

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箱は新しく、遠州流お家元、小堀宗慶のお箱書きがございます。

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12世 宗慶

大正12年(1923)1月14日遠州茶道宗家11世小堀宗明の長男として生まれる。 東京美術学校(現東京芸術大学)在学中、学徒出陣にて満州に従軍。 終戦後シベリアで4年間の抑留生活を送る。昭和24年9月に復員し、翌25年音羽護国寺に於いて、遠州公嫡子大膳宗慶公の号を襲名し、以来茶道界発展に尽力。平成23年4月24日 89才

 

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径14,6センチ   高27,7センチ

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四代真清水蔵六 亥年 銹絵茶碗

2018年12月7日(金)

 

四代真清水蔵六造 亥年 銹絵茶碗が入りました。

 

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四代真清水蔵六
家業をよく守り、青磁、粉引、色絵などの技法を得意とし、茶道具を中心として製作する。個展を中心に活躍し伝統の美と技を伝えている。

 

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亥の朱のハンコも押しています。

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作者共箱。平成19年、一回り前の作品です。

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径12,5センチ   7センチ

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価格は11,000円です。



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鵬雲斎宗匠好 菱篭花入 黒田正玄

2018年12月5日(水)

 

鵬雲斎宗匠お好みの篭花入れ、「菱篭花入」を入手しました。

 

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十三代黒田正玄の作で、大宗匠のお箱書。

 

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上から見ると確かに口を菱に編んでいます。

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十三代黒田 正玄 千家十職 柄杓師
昭和11年 京都に生まれる
昭和35年 早稲田大学第一文学部卒業
千家に出仕
昭和41年 13代黒田正玄を襲名
平成26年 隠居して、玄督を名乗る
平成29年 7月24日逝去

 

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竹の落としに金切り箔散らしを施しています。

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作者共箱。

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径25センチ   高33センチ

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中村翠嵐 紫交趾 雲錦水指 而妙斎宗匠

2018年12月4日(火)

 

中村翠嵐造 紫交趾 雲錦水指が入りました。

 

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而妙斎宗匠の御箱書。

 

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京都の交趾焼の第一人者、中村翠嵐の作です。

翠嵐の作品の中でも、ひと際手の込んだ作品です。

 

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二代 中村翠嵐
1942年 京都府で生まれる
1961年 日吉ヶ丘高等学校美術課程陶芸科を卒業する
1961年 初代・中村翠嵐の元で作陶の修行を始める
1982年 上絵陶芸展で京都府知事賞を受賞する
1984年 京焼・清水焼展でグランプリを受賞する
1984年 全国伝統的陶芸展でNHK会長賞を受賞する
1987年 京焼・清水焼伝統工芸士に認定される
1993年 現代の京焼・清水焼パリ展に出品、同典実行委員長をつとめる
2003年 経済産業大臣表彰を受ける
2010年 「現代の名工」厚生労働大臣表彰を受ける

 

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二代中村翠嵐は従来の交趾焼の技法に絵具の改良や新しい技法を付け加えて新しい交趾焼を作り、「交趾焼」という言葉を中村翠嵐の商標登録としています。

 

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作者共箱。

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径18センチ   高15,5センチ

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価格は23万円です。



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大西浄元 乙御前釜 浄中極

2018年12月3日(月)

 

大西浄元造 乙御前釜を入手しました。

 

乙御前とはお多福のことで、お多福の面のようにふくよかな為この名があるといいます。

 

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大西家九代、浄元  (1749〜1811)  作風は精作で上品な典雅なものが多く、つまみや座に至るまでよく吟味されている。

 

乙御前釜は、茶の湯釜の形状のひとつで、丈が低く、口造りは姥口で、全体にふっくらとした形の釜です。

 

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『茶道筌蹄』に「乙御前 信長公御所持、当時加賀公御所持、信長公より其臣柴田へ下さる、其時の狂歌に、朝夕になれしなしみの姥口を、人に吸せんことおしぞ思ふ。このカマの写しは加賀侯御所持故寒雉をよしとす、天猫に輪口あれとも姥口をよしとす」「透木 庸軒このみのアラレの外イロリ透木カマ古作はこのみなし、原叟このみに乙御前あり」とあります。

 

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大西家十四代、浄中の極書き。

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径23,4センチ   高9,6センチ

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加藤十右衛門 志野 細水指 即中斎宗匠

2018年11月28日(水)

 

加藤十右衛門造 志野 細水指が入りました。

 

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即中斎宗匠の御箱書き。

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共蓋で、車軸のような安定感のある形です。

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加藤十右衛門(1894年(明治27年)12月21日 - 1974年(昭和49年)10月15日)は日本の陶芸家。岐阜県土岐郡笠原町(現・多治見市)生まれ。八坂窯開窯。
美濃大平の陶祖加藤景豊(加藤五郎衛門景豊)の流れをくむ。1927年には笠原町の町長を務める。1958年に岐阜県の無形文化財保持者に認定。美濃桃山陶芸に魅力され伝統技法をベースに、志野、黄瀬戸、織部、美濃伊賀などを手掛けた匠。戦後の美濃陶芸再興復元に尽力。1974年、79歳で死去。

 

側面。

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志野焼のルーツは、美濃焼の一種で、美濃(岐阜県)にて安土桃山時代に焼かれた白釉を使った焼物です。
志野は、長石を主な成分とする釉薬をかけた陶器です。鉄で絵を描き、その上から長石釉をかけることによって、日本で初めて焼き物に絵を焼き付けることができるようになりました。 文様のはっきりしているところ、ぼんやりしているところは、釉薬の厚さによって左右されます。

 

裏面。

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内は轆轤目が良く見えます。

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底には十右衛門の十の釘彫があります。

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作者共箱。

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外箱も付いています。

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径16センチ   高20.2センチ

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