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虫明焼 注連縄絵 手付水指

2020年3月12日(木)

 

虫明焼 注連縄絵 手付水指を入手しました。

 

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虫明焼がいつの頃から始まったかは、色々な説があり、未だに明らかではありませんがおよそ300年ほど前ではないかと言われています。
虫明焼は岡山藩筆頭家老、伊木家の領地で3万3千石を賜り、お庭焼としてこの地に焼物が生まれました。
 

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そして、この伊木家の中でも14代伊木忠澄(号:三猿斎)という大茶人のもと京都の清風与平、楽長造、宮川香山(号:真葛)など当時の名工を招聘・指導し、虫明焼の作風が京風の帯びた粟田風な薄作りの作風へと変わっていきました。
まさに当時の大茶人、伊木三猿斎が虫明焼の中興の祖であり、茶陶窯として生まれたのであります。

 

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一番の魅力は、やはり灰釉の持っているおとなしい飽きのこない色調です。特にお茶席などでの色々な取り合わせにおいて、この虫明焼はどの焼物にもしっくりとなごむ。
これは虫明焼のおとなしい色調がそうさせているのでありましょう。

 

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虫明焼は代々、一家で継承したものがなく、いわゆる師弟関係で続いてきました。

 

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伊木三猿斎・いきさんえんさい
(1818〜1886) 幕末、岡山藩池田家の家老。名は忠澄。幕府の長州征伐に反対し藩主に調停を勧めた。茶・書画をよくした。

三猿斎は茶号。

茶の湯を速水宗筧(はやみそうけん)に学び、のち玄々斎千宗室(げんげんさいせんのそうしつ)に傾倒した。邸内には利休堂のほか、各種茶席を設けていた。また天保(年間(1830〜1844)采地(さいち)の邑久(おく)郡(岡山県瀬戸内市邑久町)に御庭窯を開き、虫明窯の名がある。明治19年3月没。遺言により利休木像を大徳寺に寄進、現在金毛閣上層に置かれている。

 

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この作品も京焼、粟田焼の作風で、三猿斎の意を感じます。

 

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明治の作と思われます。

 

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古箱付。

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巾17,8センチ   高24,0センチ

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価格は26万円です。



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