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樂弘入 手向山(紅葉) 赤茶碗 川村曼舟

2019年5月28日(火)

 

樂弘入造 紅葉絵 赤茶碗を入手しました。

 

紅葉絵は日本画家の川村曼舟が描いています。

 

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奈良市手向山 古今集・百人一首(菅原道真)

このたびは 幣(ぬさ)もとりあへず 手向山 紅葉の錦 神のまにまに

歌意

こんどの旅は宇多上皇の御幸のお供で急いで来たために道祖神にたてまつる幣を用意するひまもなく来ました。この手向け山のみごとな紅葉の錦を幣として、神よ、御心のままにお受け取り下さい。

 

 

川村曼舟共箱。画題は「手向山」

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川村 曼舟(かわむら まんしゅう、1880年7月9日 - 1942年11月7日)
日本画家。京都生まれ。本名は万蔵。

 

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山元春挙に師事し、1906年京都市立美術工芸学校助教諭、1916年「竹生島」で特選、翌年「日本三景」で特選、1922年京都市立絵画専門学校教授、1936年校長(兼美術工芸学校長)。

春挙門下四天王の一人と言われ、師の没後早苗会を主宰。

1931年帝国美術院会員、37年帝国芸術院会員。

邸宅は嵐山・渡月橋の付近にあり、現在は蕎麦屋などとして利用されている。

 

 

大変出来のいい綺麗な茶碗で、無傷です。

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川村曼舟の直書の署名があります。

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十二代 弘入(安政4年(1857年) - 昭和7年(1932年))
十一代長男。明治4年に家督相続するが、茶道衰退期のため若いときの作品は少なく、晩年になって多数の作品を制作する。大胆なへら使いに特徴があるとされる。大正8年(1919年)に隠居、以後は京都本邸と九代の別荘であった滋賀県の石山を往復し、優雅な晩年を送る

 

 

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作者共箱。

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径11,5センチ   高8,0センチ

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価格は300,000円です。



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